Japanese Society of Exercise and Immunology
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国際運動免疫学会会誌
Exercise Immunology Review
ISSN 1077-5552

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日本運動免疫学研究会



 若手のための運動免疫勉強会

第7回勉強会:担当者 山崎享子

テーマ:
赤間高雄、伊澤英紀、木村文律
大洋村の試みから

『臨床スポーツ医学:Vol.19 No.11』より

<はじめに>
近年ますます進展した高齢化社会では、高齢者における健康維持と、社会におけるプロダクティビティの保持が求められる。本稿では、高齢者の健康づくりシステムを構築するための基礎データを収集することを目的に、文部科学省の科学技術振興調整費生活者ニーズ対応研究「高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究」によって明らかになった知見を加えて、運動と高齢者の免疫機能について述べる。

<高齢者の健康と免疫機能>
老化による身体諸機能の低下に伴い、免疫機能も低下する。このことは、若年の成人におけるインフルエンザによる死亡例はほとんどないのに対し、65歳以上の高齢者では死亡数が急増することからも推測できる。他にも、本来は反応しないはずの自己抗原に対して免疫系が反応してしまう自己免疫現象が増加するなど、高齢者においては加齢とともに免疫機能の低下と異常が起こり、感染症に対する防御機能が低下する。高齢者では、このようなことによる感染症の罹患が死亡原因になるだけでなく、上気道感染症が引き金となって寝たきりになってしまうこともある。60歳以上を対象とした研究で、免疫機能の低い人たちは免疫機能の正常の人たちと比べて、死亡率が高いという報告があり、高齢者の免疫機能は長寿に関係する因子と考えられている。

<免疫系の老化>
免疫系の加齢変化の主体はリンパ球が成熟する組織である胸腺の退縮と考えられている。胸腺の萎縮によりTリンパ球の供給能力の低下とTリンパ球の成熟不全による機能低下や、Tリンパ球サブセットが変化し、ナイーブTリンパ球の減少、メモリーTリンパ球の増加、CD8+Tリンパ球における抗原刺激による増殖に重要なCD28欠損細胞の増殖などが起こる。
血液中の免疫グロブリンの総濃度は老化に伴って少し増加するが、内容は異常な自己抗体や単クローン性免疫グロブリンによるもので、外来抗原に対する抗体の産生能は低下している。口腔内の局所免疫で働く分泌型免疫グロブリンA(sIgA)も加齢によって分泌が低下すると報告されている。sIgAは鼻腔内や口腔内で風邪の原因ウィルスに作用して粘膜細胞への侵入を防ぎ、風邪の感染防御に働いていると考えられている。

<免疫系の老化に対する運動の効果>
一過性の運動は免疫系を刺激して活性化するが、激しい運動後は、一時的に免疫機能が低下する。また、適度な継続的トレーニングは免疫機能を高めるが、過剰なトレーニングは免疫機能を低下させる。加齢で低下した高齢者の免疫機能を適度な運動トレーニングで向上させることができれば、高齢者の健康維持に大きく役立つことが期待できる。

<大洋村での知見>
大洋村では人口の高齢化が進んでいることから、以前から健康増進施設「とっぷ・さんて大洋」を中心として健康づくりに取り組んでおり、その後多方面の学問領域から研究者が参加し、産官学の協力で「高齢者の生活機能の維持・増進と社会参加を促進する地域システムに関する研究」をすすめている。免疫に関する研究は大洋村の高齢者を対象に、免疫機能を測定して運動習慣との関連を検討した横断的研究と、「とっぷ・さんて大洋」で継続的に運動をしている高齢者を対象に、免疫機能を約半年ごとに測定して変化を検討した縦断的研究が行われた。

1、 高齢者の唾液免疫グロブリンAに対する継続的運動トレーニングの効果
フルマラソンの前後における唾液sIgA濃度を検討した報告では、運動後に唾液sIgAの減少が観察された。また、激しい運動の後には上気道感染症の罹患率の増加も観察され、両者の関係から、唾液sIgAは運動による免疫能の変化を表す指標の一つと考えられている。
大洋村における横断的研究で、週2回の運動教室をすでに1年以上継続して行ってきた高齢者と、運動習慣のない高齢者における唾液sIgAを比較したところ、運動群における唾液sIgAの分泌速度が有意に高値を示した。つまり、運動習慣のある高齢者は運動習慣のない高齢者に比較して唾液sIgAの分泌量が多いと考えられた。
縦断的研究では、週2回の運動教室に通う高齢者を対象に、唾液sIgAを半年ごとに測定した。その結果、教室に参加する以前に比較して有意にsIgAが増加することが観察され、継続的な運動トレーニングは唾液sIgAの分泌量を増加させることが示唆された。つまり、加齢により唾液sIgAは低下するものの、運動によって向上する可能性が示された。

2、 高齢者の上気道感染症罹患に対する継続的運動トレーニングの効果
運動による唾液sIgAの増加は、上気道感染症罹患率を減少させるか否かを検討した。毎日の上気道感染症状の有無を調査用紙へ記録し、結果を週2回の運動教室に参加するものと、参加しないものとで比較した。5ヶ月間の調査の結果両群に有意な差は認められなかった。

<まとめ>
高齢者の健康を維持するためには、加齢に伴って低下する免疫機能を維持することが不可欠である。本稿では大洋村における研究のうち、唾液sIgAに関する成果から、高齢者における適度な運動習慣が、免疫機能を増強できる可能性を述べた。今後さらなる知見を蓄積し、高齢者の免疫機能向上のための具体的な運動処方を明らかにしていきたい。


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