第4回勉強会 担当:藤本華恵
テーマ:
矢野博己
運動は免疫能を高めるか? 「メカニズムをさぐるⅡ マクロファージ」
『臨床スポーツ医学11月号(Vol.19,No.11,2002)』1297-1302
【はじめに】
私たちの日常行動のほとんど(洗顔、歯磨き、手洗い、箸やスプーンを使った食事、掃除機をかけるなど)は、いずれもカビや細菌、ウイルスなどの侵入を防ぐ生体防御の為の行動と考えられる。決して清潔ではない生活環境の中で私たちは『どのように生体防御を維持しながら運動を継続しているのか?』また『その結果どのような免疫機能の変化が生じるのか?』ということについてマクロファージの行動から生体防御と運動の関係について述べる。
【マクロファージとは】
①生体防御にとって欠くことのできない機能をもつ免疫担当細胞②自然免疫(感染初期に働く)③全身のあらゆる組織に分布④組織マクロファージ(正常組織に常在)、浸出マクロファージ(炎症などによって動員される単球由来)とに大別される⑤INF-γ、結核菌、エンドトキシン(lipopolysaccharides;LPS)などにより活性化される。
【活性化マクロファージの主な働き】
①接着能、貪食能の亢進②活性酸素、一酸化窒素(NO),サイトカイン、プロスタノイド、TNFなど生理活性物質の産生
但し、適度な炎症反応は重要な生体防御機構であるが、抗腫瘍懐死因子(tumor necrosis factor;TNF)の過剰な産生は生命を脅かす危険もある。
【急性運動とマクロファージ】
激しい運動直後→免疫機能が一時的に低下し感染に対して無防備な状態に陥る(Pedersonのオープンウインドウ説)。また、LPSを血管へ強制投与しても血中に増えるはずのTNFが誘導されない。(これは、激しい運動後は抵抗力が衰えているから感染に注意しなさいということ)
1)貪食能(マクロファージ機能)に及ぼす運動の影響
マクロファージの貪食能は運動負荷により亢進する。疲労困憊に至るような激しい運動ほど貪食能がより高いといえる。
したがって、TNF産生抑制(免疫機能を低下させる反応)と貪食能の亢進(高める反応)が同時に生じているのである。
これらの貪食能の亢進には副腎皮質ホルモンなどが関係していると考えられており、内因性ホルモナルな免疫機構により激運動時のマクロファージ機能はコントロールされていると理解することができる。また、それ以外では腸管由来のLPSが外因性要因として貪食を刺激している可能性も示唆されている。
さらにここで忘れてはならないのが、腸管由来の抗原、異物に対する防御機構として重要な役割を担っているクッパ-細胞である。
クッパ-細胞は、肝常在マクロファージで総マクロファージの80%を占めている。特徴は生体内に侵入してきた異物をほとんど取り込む。また急性運動時には貪食能の亢進を生じる。
運動負荷により誘発された消化管傷害に対して、低炎症性サイトカイン産生することにより組織を保護しながら貪食能で異物の処理にあたっている。
これ以外に最近の興味深い知見として以下の報告がある。
Suらは、ヘルパーT細胞の機能の異なるTh1応答優位なマウスとTh2応答優位なマウスとでは運動による肺胞マクロファージの貪食能も異なるという報告である。また、脳内マクロファージとされるミクログリアの多くが局在する中脳黒質にLPSを投与した場合、動物の日常活動性が増すという報告がある。
2)抗原提示能(マクロファージ機能)に及ぼす運動の影響
マクロファージの抗原提示能は急性運動により低下が生じるものと考えられる。T細胞の抗原提示細胞による活性化(IL-2産生)も疲労困憊運動、及び中程度の運動終了後に低下する。抗体産生と運動との関係に関する知見には、Th2細胞、B細胞に加えてマクロファージの抗原提示能の観点からも検討することが重要である。中でも抗原提示能は、樹状細胞がそのほとんどを担当することから、これらも含めて検討する必要がある。
-樹状細胞の抗原提示の流れ-
外来性の抗原物質→主要組織適合性複合体(MHC)クラスⅡ分子発現のマクロファージ系細胞に取り込まれる→MHCクラスⅡ分子と細胞内で結合→細胞表面に出る→ナイーブT細胞へ抗原提示→Th1細胞またはTh2細胞へ誘導される。
近年、この抗原提示能に樹状細胞上のTool様受容体(TLR)ファミリーが深く関わっている事が明らかにされている。
【慢性運動とマクロファージ】
運動トレーニングはマクロファージ貪食能を高める。また老化に伴う貪食能の低下にも効果を示し、自然免疫機能は高まるといえる。
さらに最近の報告として1)Woodsらは運動習慣により抗癌作用が亢進している可能性を示し、この機構にマクロファージ由来のNOが関与するとしている。2)Sugiuraらも運動習慣によるマクロファージのNO産生亢進を示唆し、脾臓リンパ球のTh1応答性が強化されると報告している。3)永富の高齢者を対象とした長期運動実験が示すツベルクリン反応の結果もTh1優位と報告されている。
これらは運動習慣に伴うマクロファージ機能の変化について考えるとき、T細胞機能との相互作用があることを強く示唆しており、自然免疫と獲得免疫との関係も非常に重要な問題であることを示している。
【スポーツ医学の観点から】
運動時における体の変化と、それに対応しているマクロファージについて。
1)最前線で活躍するのは主に組織マクロファージ
肺胞マクロファージ→運動時に起こる換気の亢進において、上気道から侵入する異物に対して機能する。腸管マクロファージ→運動時に起こる消化管血流量の低下に対して消化管内の細菌の抗原タンパクに対して機能する。
2)二次的生体負担に対して働くのは主に浸出マクロファージ
単球/マクロファージ→活動筋や骨の損傷箇所、廃棄物処理、筋の再構築に働く。
3)腸管免疫以降の二次的感染防御として働くのはクッパー細胞
→傷害を受けやすい構造である腸管粘膜上皮細胞に対して働く。
マクロファージは、種々の組織マクロファージが一律の働きをする訳ではない点からも解剖学的および生理学的組織環境を理解した上で、スポーツ医学的存在意義を検討していく必要性がある。
【免疫力は高いほうが良いのか?】
近年、食物アレルギー、花粉症、喘息などいずれも抗体価の高い、免疫過剰反応状態を引き起こす免疫疾患が急増している。
特異的IgE抗体価の高い感作マウスを用いた研究では、経口投与された抗原タンパクが大量にクッパー細胞に貪食され、アナフィラキシー症状が観察されている。これらの機構にマクロファージが関与しているかは明確にはなっていないが、免疫機能が高まることへの不安も今後考えていく必要があるといえる。
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