第2回勉強会 担当:山崎享子
疫学からみたエビデンス 秋本崇之、扇原淳
『臨床スポーツ医学11月号(Vol.19 N0.11 2002)』1283-1287
高強度のトレーニングにより上気道感染症にかかりやすくなるという認識の一方で、運動が健康に有益であるということも広く知られている。ここでは、運動が免疫能に与える影響について、疫学的な知見を紹介する。
<上気道感染症>
高強度の運動後に上気道感染症に罹患しやすくなるという報告がいくつかある。---1,Peters-56kmマラソンに参加しなかった群の上気道感染症の症状訴え率15.3%に比べて56kmマラソンの参加者のレース後2週間の症状訴え率は33.3%であった。---2,Nieman-マラソン出場者のトレーニング走行距離別に罹患率を比較し、もっとも長い群はもっとも短い群の2倍であったことを報告した。また、レース参加者に対する非参加者の感染オッズは6倍であった。---3,Heath-ランニングトレーニング量と上気道感染症の自覚症状の発症率に正の相関があることを報告した。
つまり、高強度のトレーニング期間や競技後のアスリートの上気道感染症の罹患危険率は一般より高いといえる。
逆に、運動により上気道感染症の症状が緩和するという報告もある。---1,Nieman-60% HR reserveで45分間の運動を週5回、15週間継続した群としない群では、運動群が非運動群よりも有症期間が短かったこと、また、週5日40分のウォーキングをしている高齢女性の発症率は運動不足群に比べ、低いことを報告。---日本体育協会の研究班-小学生児童におけるスポーツ活動は週5日を越えるとリスクが増大するが、1~4日は抵抗力を亢進させる可能性を示唆した。
つまり、中等度のスポーツ活動は、何もしないよりも上気道感染症のリスクが低下する可能性がある。
以上のような調査から運動の強度や量と、上気道感染症のリスクの関係を示したモデルが提唱されている。これはアルファベットの「J」のような形をしており、中央部が低く、両端が高くなっている。両端は左よりも右のほうが高い。つまり運動不足よりも中等度の運動はリスクが低下するが、過度の運動では運動不足以上にリスクが増大することを示している。しかし実際には両者の関係を示すメカニズムはまだ明らかにされていない。
<運動と寿命>
---1,Paffenbargerら-運動による消費エネルギーと死亡率の関係を調査し、運動が死亡率に対して抑制的に働いていることを報告。身体活動量が増加すると延命効果が見られたが、年齢が低いほど効果があった。---2,Quinn-週あたりの身体活動量別に6段階に分類し、死亡率を比較した。その結果、活動量の一番少ない2つの群で死亡率が高く、活動量の一番多い群でも死亡率はやや高めであった。活動量が低すぎても高すぎても、死亡率は高い結果であった。---3,Polendrec-学生競技者を対象に報奨獲得数と死亡率の高さに関係を見出し、競技や競技のためのトレーニングが激しいほど短命であったことを報告。---4,大澤-同一競技での比較では、アマチュア選手よりもプロ選手のほうが短命であること、陸上では長距離より短距離の方が短命であることなどを報告している。
以上のことから、軽い運動は寿命の延長に影響する可能性があるが、激しい運動は心臓や血管などに過度の負担がかかるため、運動不足と同様にリスク要因といえる.
<運動とがん>
---1,Chongら-有酸素能力によって3群に分類し、がん死亡の危険率を検討した結果、有酸素能力が高いほどがん死亡のリスクが軽減したことを報告。---2,Kempertら-週あたりの身体活動時間とがん死亡の相対危険度を比較したところ、週あたりの活動時間が長いほどがん死亡のリスクが低下することを報告。
がんに対する運動の効果は、部位によって異なる。運動不足が部位別のがんのリスク要因となる程度は、大腸がんでほぼ確実、肺がんと乳がんではその可能性があると勧告されているが、逆に、前立腺がんや子宮体がんでは運動が予防的に働くとされている。いずれも食事における脂肪過多と関連しており、発癌物質が脂肪組織に蓄積しやすいことに対して、運動が脂肪の蓄積に抑制的に働くことが反映しているとも考えられる。または、運動が免疫機能に及ぼす効果によってがんの死亡率も変化している可能性もある。
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